『「私」の国分一太郎研究』は、国分一太郎の生きた時代とその思想の研究であると同時に、「私」自身の自己史でもある。

『現代つづりかたの伝統と創造』を読み直す

『現代つづりかたの伝統と創造』を読み直す

『現代つづりかたの伝統と創造』を読み直す
 ―第6章「積極性・能動性・意欲性」を中心に―
 (子どもの書いた文章の見かたに関する一論考)

  (綴方理論研究会・2012年1月例会提案)

Ⅰ. 『東京の子』(第37集)に、気になる作品が載っていた    
 
1.豊島作文の会の12月例会で、2011年版『東京の子』(第37集)の作品をみんなで読み合った。その37集の作品の中に、これは、はたしてどうなのだろうという、気になる作品があった。これを書いた子どもが気の毒なので、作品名は伏せて、作品Aとしておく。下に、この作品Aの文章の特徴のみ挙げておく。

2.どういうところが気になったのか?
・ことばづかいがとても上品。模範作文といっていいくらい、上手そうな感じで、文章を書きつづっている。しかし、上手に書こう、上手に書こうという意識が先走っていて、技巧にこりかたまった感じがする。
・そういうところにばかり、心が行っているものだから、何か、書き手の素直な心の動きといったものが、ぴたっと伝わってこない。
・大人に対して、敬語を使用して書くなど、読み手を誰と想定しているのだろうと疑問が出てくる。
・ 上と同じことなのかも知れないが、読み手(教師)に対して、妙に迎合的になっている

そんな印象を受ける文章なのである。

Ⅱ.この作品をどう見るか
こういう作品(文章)は、どのように見ていったらいいのだろうか?
1.『現代つづりかたの伝統と創造』(百合出版)の第6章は、『積極性・能動性・意欲性』というテーマが立てられている。
その冒頭で、《この文章をどう見るか》として、『楽しかった本町祭』という文章が紹介されている。(→資料①『楽しかった本町祭』)
 私は、作品Aは、この『楽しかった本町祭』という文章と似た質を持っていると考えている。            
2.この文章(『楽しかった本町祭』)に関して、国分一太郎は、つぎのように書いている。
(1)この文章の「質」は、私たちが望んでいるものとは、たいそうちがっている。
(2)まず、「テーマ意識」がちがう。《一番楽しかったのは、おみこしをかつぐことだったので、このことを書きました》とあるが、かついだときのことは何も書いてないに等しい。
(3)叙述・記述が、「美文調、型はまり、思わせぶりの説明と描写」になっている。
(4)次には、たぶんこう書くだろうと予想できるような書きぶりが、次々と出てくる。
・「いまかいまかとまっていました」
・「みんな楽しそうにニコニコしたり、大きな声で話をしたりしています」
・「待ちに待った放送が聞こえてきました」
・「いよいよ本町まつりのはじまりです」
・「わたしたちがかつぐときがとうとうやってきたのです」
等々。
(5)そして、次のように言う。
ちぢめていえば、この「おみこしかつぎ」に、この子の手足やからだが、ほかの
級友とともに、どう参加しているのかはわからない。あらたまったように、書くと
きの感想をいってはいるけれども、その「おみこしかつぎ」とぶつかっているとき
のこの子の心の動きは書かれていない。
  第6章の別なところに、「からだとこころを生き生きとはたらかせる生活のしぶり」という言葉が出てくるのだが、この言葉を使って、まとめて言うならば、『楽しかった本町祭』は、からだとこころを生き生きとはたらかせて書いている文章とはいえない、という指摘なのだと思う。

3.上のような指摘をしたあと、
このことは、つぎのような文章とくらべてみると、いっぺんにわかる。質のちがい
というものを、わたしたちは、まざまざと感じずにはいられない。
こう言って、『いしのけんか』という作品を紹介している。(→資料②『いしのけんか』)

4.国分一太郎は、この文章(『いしのけんか』)を、次のように評価する。
小学一年生の文章として、なんという質のよい文章だろう。このことをしたときも、また、そのようにあったことをえらんで書くときも、この作者は、ねばりつよくとっくんでいるのである。わたくしたちは、このような散文をこそ、ほんとうに書かせたい。

5.そう述べたうえで、『楽しかった本町祭』に関して、国分一太郎は、次のように続けている。
 (1)計画的に「本町祭」といった催しをやったり、「みこし」を作らせるといったことをやったりしても、それに本当に積極的にかかわる子どもの姿勢がなかったならば、その体験から出てくる文章は、質のよいものとはならない。
(→ものやことに積極的にかかわる姿勢の欠如)

(2)さらに、そのことを題材化して書く心的活動のなかに、子ども主体の積極性・能動性・
意欲性がなかったならば、そのようにして書かれた文章の質はおちてしまう。
(→題材化して書く心的活動の中の、子ども主体の積極性・能動性・意欲性の欠如)

(3)そして、次のように結んでいる。
『楽しかった本町祭』が、
・いかにも書かされてかいた
・学校や教師に迎合してかいた
・うまい文章のつくりかたといったものにとらわれてかいた
そのような、「型はまりのもの」になってしまっているのは、上の二つの欠如があるためなのである。

Ⅲ. 子ども主体の積極性のつちかい
 この本が出版された当時(1982年)でも、
「多くの先生がたは、『楽しかった本町祭』のような文章をよい文章とおもうんですよ」
という状況があったようだ。 
多くの教師の中に、そのような受けとめがあることに対して、国分一太郎は、「子ども主体の積極性のつちかい」に、目を向けなければならないとする。そして、「対象に向かう積極性」という項を立てて論を進めている。

1.対象に向う積極性
 以下、(1)~(4)のように、論を進めていく。
要約する。
(1)「対象」
 〈対象〉というとき、わたくしたちは、いつも二つのものを考える。
 ・子どもたちをとりまく事物、現象(A)
 ・自分の心のなかにあるもの(B)
(2)「対象に向かう子ども主体の積極性・能動性・意欲性」
 〈対象に向かう子ども主体の積極性・能動性・意欲性〉(C)というときにも、わたくしたちは、二つの面を考える。
 ・表現行動以前の日常生活における「それ」(=C)(ア)
・表現行動そのものにおける「それ」(=C)   (イ)

(3)わたくしたちの「つづりかた教育」では、つづることと、つづったものをとおして、「このふたつの面〔=(ア)(イ)〕についての自覚」を、子どもたちみんなのものにしていかなければならない。

(4)わたくしたちが、表現意欲・意志の喚起、題材の選定・テーマ意識の高揚、構成・構想のくふう、説明と描写のねりあげ、周到な推考の実施をもとめるのも、鑑賞批評の重視に心がけるのも、「そのため」にほかならない。すなわち、上記(ア)(イ)についての自覚を子どもたちみんなのものとする、そのことのためなのである。

2.上の(1)~(4)で論じたことを、今度は、『あさかちゃんをみはった』という文章をつかいながら、具体的に、次のように、指摘を続けていく。 (→資料③『あさかちゃんをみはった』)
(1)この二年生の子の文章のなかに、「対象に対する積極的な姿勢」を見なければならない。
 →「小さな妹に対する積極性」(=A)と、
 →「自己の心の内部にうごくものへの積極性」(=B)
である。
(2)また、わたくしたちは、赤ちゃんが泣いてこまったそのとき、どう行動し、どう考えたかという面での積極性(=ア)も見ていかなければならない。
(3)つねへいぜい、母親がおむつをとりかえているところを、しっかり見つめていることにも、その積極性(=ア)も見ていかなくてはならない。
(4)さらに、このことを文章表現するとき、どうしてもこれを書かずにはいられないという意欲を燃やしていること。すなわち、あさかちゃんを「見はってやったこと」を、よくわかるように、順序をたて、いちいちについて説明をし、描写をくわえて表現していくという行為をつづけていること。うまく美しく書こうなどというのではなく、事実と事実関係を、そのときの気持ちを、そのままに、なんとかして叙述しようとする姿勢を見せていること。ここに、この子の、「表現時における積極性」(=イ)を見ていかなければならない。

3.そして、国分一太郎は、次のように結論する。
こういった文章作品を学級のなかに紹介し、鑑賞批評をさせるなかで、このようなさまざまな積極性・能動性・意欲性が、なににもまして大事なことなのだということを子どもたちにさとらせていかなければならない。

Ⅳ. 子どもたち(大人)の書いた作品をきちんと分析する力を
  私が、今回のテーマをとりあげた理由は、良さ気に見える作品Aのような作品を、きちんと分析、批判(論評)できるようになりたいものだ、というのが出発点であった。
  この作品が、もし良い質の作品ではないのだとしたら、どういう点からそう言えるのだろうか。
その理屈、理論を学び直さなければならないということで、『現代つづりかたの伝統と創造』の読み直しを始めた。「今ごろ、なにを言ってるんだ。」と言われそうだが、国分一太郎の教えている「積極性・能動性・意欲性」の考え方は、子どもの作品を読み取っていくうえで、たいへん重要な「見かた」であることを実感した。この「見かた」で見ていけば、作品Aのような作品は、質の良い文章とはいえないのだということが、はっきりと分かってくる。
遅きに失した感もあるが、あらためて、国分一太郎が教える、つづりかた教育の考え方を、学び直していこうと思っている。

Ⅴ. 今後の私の課題
1.国分一太郎からの贈りもの・「このよきもの」をつかむために
・第1章『えらばせる』
・第2章『「もの」と「こと」によりそわせる』
・第3章『「ありのまま」に書かせる』
・第4章『ほめてけなされても』
・第5章『「方法」の独自性』
・第6章『積極性・能動性・意欲性』
・第7章『「ほんとうのこと」を書く・再吟味』
・第8章『乳ばなれさせる』
・第9章『「自然」をとらえさせる』
・第10章『ふたたび「自然」のこと』
・第11章『「からだ」をうごかす』
・第12章『他人への関心』
・第13章『「表現方法」と「表現技術」』
・第14章『表現における意識性』
・第15章『屈折した表現』
・第16章『自分のことば』
・第17章『外国での例』
・第18章『手紙体の文章』
・第19章『鑑賞の活動』
・第20章『「制度・行政」について』

 『現代つづりかたの伝統と創造』の中で、国分一太郎は、上のようなテーマを設けて、つづりかた教育にどのように取り組んでいったらいいのか、その方向と方法を伝えようとしている。
 第6章『積極性・能動性・意欲性』は、その中のひとつ、子どもの作品を読んでいくときの「見かた」(=こういうところを大切にして見ていかなければならない)等を伝えるものであった。国分一太郎の説くところ、対象に対する「積極性・能動性・意欲性」などという、むずかしい理屈、理論がすんなりと入ってきたのはナゼだろうか。『石のけんか』や『あさかちゃんを見はった』のような、すぐれた作品があって、それらを使って説明をしてくれたからである。

2.私は、ここで紹介されているようなすぐれた作品を、集めていく、貯めていくことを、大事にしたい。『えらばせる』ことの大切さを伝えるなら、これらの作品。『「もの」と「こと」によりそわせる』ことを教えたいのだったら、これらの作品。『「からだ」をうごかす』ことの大切さを分からせていきたいというのだったら、これらの作品、等々。「作品集」のようなものを作れないだろうかなあと思っている。その作業をしていくことは、国分一太郎の教える理論を、他者に伝えていくということのためだけではない、自分自身がしっかり理解を深めていくためにも、必要なことなのではないだろうかと思う。

3.だから、まず、『現代つづりかたの伝統と創造』の中で、国分一太郎が紹介している作品を収集することを始める。収集の過程で、それら作品と同質ではないかと思われる、ほかのすぐれた作品も見つかってくるだろう。そういうものも、集めていく。

 全部を挙げてはいないのだが、『現代つづりかたの伝統と創造』の中に取り上げられている子どもたちの作品について、どういうものがあるのか、収集の有無はどうか等、以下、メモをしておく。
資料、アイデア、情報の提供を、よろしく。
榎本さんの『はじける芽』合本、田中さんの『作文指導のコツ』(①)、(②)、(③)からも、「すぐれた作品」は、集めさせていただくつもりである。生きていく時間が、少しずつ減少してきている中、さほど、ゆっくりはしていられない。「作品集」のネットワーク作りを広げていきたい。どうぞご協力を!

(1)出典と題名は不明だが、「千歯こき」のことを書いた作品(青森市野沢入内分校の六年生小笠原勝くんが、長谷川直行先生に指導されて書いた、と紹介されている。)第1章に。
(2)『おそろしかったとさつ場』(青森市造道小五年福岡一史くん作・木村睦子先生指導。)〈以下略〉とあるので、全文ではない。「木村睦子先生指導」とあるので、文集『あおもり』の何号かである可能性が高い。第2章に。
(3)「とっちゃ」といっしょに、「ぷらすちっく白いふね」にのって、「たまつけのてつだい」をしているところを書いた小学一年生の作品。(以下略・青森県平内町土屋小一年・たにぐちしげみ作より)とある。第3章に。
(4)床屋さんである「おかあさん」の仕事のようすを書いた作品。(以下略・弘前市朝陽校二年・上村桂子作より)とある。同じく第3章に。
(5)母親といっしょに牛をつかって田んぼをすいているところを書いた作品。全文ではない。梅本明くんという小学四年生の子が書いたとある。第5章に。
(6)『石のけんか』(青森市浜田小一年 すぎた たかしくん作・月水いそ先生指導)。
 第6章に。
(7)『あさかちゃんを見はった』(青森市小柳小学校二年生白鳥哲也くん作・木村睦子先生指導。文集『あおもり』10号所収。)同じく第6章に。
(8)『新しい家ができる』(熊本県天草郡久玉小学校大之浦分校四年、石原幸子さん作・脇山隆征先生指導。)第7章に。
(9)詩も紹介されている。第9章に。
題名は、はっきりしないが、「かに」や「くわがた」のことを、こう書いている、と紹介している。
・かにが、わさわさとあるいてくる
 わたしにむかってくる
カップにいれたら
 たすけてくれとさか(け)んでいる
 おかあさんのせなかにのって
 さかんでいる
(秋田県由利郡下川大内小学校四年生伊藤佳代子さん作・原田明美先生指導)

・でんと電しん柱をふむ
 あれっ、おちてこねな
 でん、でん、でん、でん
 ぼくは「くっそうまだ落ちねな」といいながら
 力いっぱいふむ
 くわがたは
 あっかんべ、おいな(おれは)、ぜったい落ちねよ、といって
 力をありったけ出して
 しがみついている
(秋田県由利郡下川大内小学校四年生小助川浩二くん作・原田明美先生指導)

・道ばたに小さな花が一本さいている
 だれもみえないところが、いちばんいいと思ってさいている。
(秋田県由利郡下川大内小学校四年生小野伸子さん作・原田明美先生指導)

・臨海学校でひろった貝
(その)いちばん大きな貝を手にとってみた
 岩井の海が思い出されてくる
 右にはとがった山があり
 左にはなだらかな山があった
その間に  
  大きな海が広がっていた
  海の水を何度ものんだけど
  波がくると 
 わざと大きな声を出して
  わざとひっくりかえったりもしたな
  夜の散歩のとき
  この貝をひろった(のだった)
  この貝を手にもちながら
沖のいさり火を見ながら
  ひざまで入ってみんなで歌をうたった(のだった)
  (東京都西多摩郡瑞穂第三小学校五年生友野健一くん作。題は、「貝がら」か?)
(10)『一つたりない七草がゆ』(岐阜県美濃市加茂野小学校四年生高野恵里子さん作・長崎晃先生指導。)第9章に。
(11)『川におちたこと』(岡山県津山市院庄小学校三年生ふくだかなめくん作・広山海記子先生指導。)第11章に。
(12)『米ぶくろを持ってきつかったこと』(日本作文の会編『年刊日本児童文詩集』‐79年版‐四年生の部に掲載。大分県玖珠町北山田小学校四年生高倉英美子さん作・松尾公正先生指導。)第11章に。
この作品そのものは載っていないのだが、榎本さんから79年版を借りて、手に入れることができた。
(13)題名不明。「シゲコおばちゃん」の法事の日のことを書いた作品。(日本作文の会編『年刊日本児童文詩集』‐80年版‐三年生の部に掲載。宮城県川崎小学校前川分校三年生大宮真由美さん作・太田貞子先生指導。)とある。第12章に。まだ、手に入れていない。
(14)『へそのおを見せてもらったこと』(日本作文の会編『年刊日本児童文詩集』‐80年版‐二年生の部に掲載。神奈川県藤沢市高砂小学校二年生青木あゆみさん作・松下義一先生指導。)第12章に。まだ、手に入れていない。
(15)『借金とり』(兵庫県氷上郡第二大路小学校六年生横山輝義くん作・小西健二郎先生指導。)第14章に。全文掲載されている。
(16)『母の死とその後』(無着成恭編『山びこ学校』に所収。中学生江口江一君・作。名前と内容の紹介のみ。第15章に。手に入れてない。
(17)『ラジコンカー』(日本作文の会編『年刊日本児童文詩集』‐79年版‐六年生・散文の部に掲載。東京成蹊小学校六年生大友克之君・作。亀村五郎先生指導。)第15章。
榎本さんから借りて、収得済み。
(18)『着物』、『身体けんさ』(新版『わたしは小学生』1978年6月刊・青葉図書刊所収。愛媛県の小学生蓮池美鶴さん作。前者は3年生の時、後者は4年生のときの作品。)



資料①
 『楽しかった本町祭』

 十一月十二日、月曜日。今日は本町まつりです。まず、自分のグループの教室に
行って、放送の入るのを、いまかいまかと待っていました。みんな楽しそうにニコ
ニコしたり、大きな声で話をしたりしています。しばらくすると、
「じどうのみなさん、もうすぐ本町まつりが始まります。はやく外に出て、自分た
ちのグループのところにすわりましょう」
と、まちにまった放送が聞こえてきました。わたしは三のAですから、三のAのお
みこしのあるところに走って行きました。一年生もいます。二年生もいます。三年
生も四年生も、みんな顔ばかりです。すこしすわっているとすぐ合図があって、や
ぐらの横にならびました。
 いよいよ本町まつりのはじまりです。まずやぐらの横にすわって、おまつりせん
言をいいました。
「祭りだワッショイショイ
 祭りだワッショイショイ
 ワッショイ、ワッショイ、ソーレー。」
といったとたん、すずわりのすずがわれていました。赤、青、黄の紙ふぶきが下へ
下へとまいおちていくときは、とてもきれいでした。
 次は、わたしたちの作ったおみこしをかついで、校庭をねり歩く番です。わたし
たちがおみこしをかつぐときがとうとうやってきたのです。わたしはこれを、一番
楽しみにしていました。
 わたしたちのおみこしは屋根に金と銀のおり紙がついていて、てっぺんには銀の
鳥がついて、さくら紙の花がついています。下はとりいと門が二つ、色は黒です。
とても大きく一番りっぱに見えるのが、わたしたちのおみこしです。
さあ、おみこしをかつぎました。ダンボールで作ったから、かるいんじゃあない
かな、と、思ったら、けっこう重いのでびっくりしました。かついでゆらすと、鳥
がゆれ、花もゆれて、とってもきれいです。わたしは、さすがに三のAだけあって
うまく出来たなと思いました。あまりおみこしが大きく高いのでちょうちんにひっ
かかってしまうこともありましたが、みんなでこしをかがめて、ひっかからないよ
うにしました。みんないせいがすごくいいのです。一年生も二年生もみんな大きな
声を出して、かついでいました。
 しばらくやぐらのまわりを回っていると、マイクを持ったお姉さんが、
「次は、C、Dの人がおみこしをかつぐので、A、Bの人は、自分のところへもど
って、次の人のおみこしやだしを見てください」
と、いったので、自分の席にもどりました。
 本町まつりの中で一番楽しかったのは、おみこしをかついだことだったので、その
ことを書きました。またやりたいです。


資料②

 『いしのけんか』
             青森市浜田小一年 すぎたたかし

 きょう、いしのけんかをやりました。
 どういう、いしのけんかかというと、つるつるのいしと、がさ
がさのいしを、こすりあわせて、どっちがこながでてけずられる
かしらべる、いしのけんかです。
 ぼくは、がさがさしているほうがつよそうだと、おもいました。
先生が、
「がさがさのほうがつよいとおもう人、てをあげてごらん。」
といいました。だから、がさがさにてをあげました。はんぶんぐ
らいの人がてをあげました。先生はまた、
「つるつるのほうがつよいとおもう人。」
といいました。すると、のこっている人がてをあげました。
「では、けんかをさせるからおうえんしなさいよ。」
と先生がいいました。ぼくはすぐ、
「ふれーふれー。がさがさ。」
と、やきゅうのおうえんのようにてをふって大きなこえでいっ
たら、がさがさの人たちが、
「フレッフレッ、がさがさ。
 フレッフレッ、がさがさ。」
といいました。先生は、わらって見ていました。すると、
「けっぱれ、けっぱれ、つるつる。
 けっぱれ、けっぱれ、つるつる。」
と、ちからくんがやって、みんなでおうえんしました。どちら
も、かわるがわるおうえんをしました。
「では、けんかさせますよ。どちらがかつのかな。」
といって、先生が、がさがさとつるつるをこすりあわせました。
するとこながいっぱいいっぱいおちました。こなは、がさがさ
のいしからおちました。がんばれといっても、ぼくたちのがさ
がさ、かまけてしまいました。
 つるつるのほうは、
「かあってうれしい、つるつるもんめ。」
と大きなこえでいいました。
「まあけてくやしい、がさがさもんめ。」
とぼくたちもいいました。するとがさがさのまさきくんが、ば
かくさいこえで、
「まあけてくやしいつるつるぱんげ。」
といいました。みんなわらいました。それから、ぼくたちは
「ワーワー。」って、つくえにかおをつけてなきました。
                ( 指導 月水いそ先生 )


資料③

『あさかちゃんをみはった』

       青森市立小柳小学校・二年生 白取鉄也

 このあいだ、妹のあさかちゃんとぼくとるすばんをし
ました。
「うんこかおしつこをすれば、なくから見ていてね。でき
たら、とりかえてちょうだい。」
 おかあさんは、そういってかめやへかいものに行きま
した。
「だいじようぶ。ぼくちゃんとできるから。」
 そのとき、あさかちゃんはベッドでねむっていたか
ら、ぼくは本を見ながらみはっていました。
 すこしたつと、あさかちゃんが「オンギャー、オンギ
ャー。」となき出しました。
「あさかちゃん、どうしたの。」
 そばへ行ってみると、ますます「ギャーギャー。」なく
ので、おしめをしらべてみたら、うんこをいっばいして
いました。
「あっ、くさい、くさい。」
 ちり紙をもってきて、そうっとおしりをふいてやりま
した。おむつをまるめて、ふろ場のバケツに入れまし
た。
 そうして、おむつをそろえておいてから、あさかちゃ
んのあしをつかんで、おしりをあげて、おしりの下にお
むつをひっぱっていきました。ごちゃごちゃになって、
おかあさんみたいにできなかったけど、おむつカバーを
しめたら、なんとか、おしりにくっつきました。
 とりかえてしまったら、なくこえが小さくゆっくりに
なって、しずかになりました。ふとんをかけておくと、
また、ねむったので、さっばりして、本のつづきをよみ
ました。
 でも、しばらくしたら、また、「オンギャー、オンギ
ャー。」と、なきはじめました。しかたがないから、おむ
つをしらべてみたけど、なんにもよごれていません。
「どうして、あさかちゃんなくの。だっこしてやるから
ね。」
とだっこしたけど、からだに力を入れて、「ギャー、ギ
ャー。」なきます。へやを回ってみたけどとまりません。
ますます力を入れて、まっかになってなきつづけるか
ら、ぼくも心の中で「エーン、エーン。」なきました。
 おとうとのしんやもあそびに行っていないから、おか
あさんをむかえに行くこともできません。ぼくは、べそ
をかきながら、なんかいいほうほうはないかと考えまし
た。そうしたら、おばあちゃんにでんわすることを思い
つきました。あさかちゃんをベッドにねせて〇一七五二
二六二三をまわしました。すると、おばあちゃんでな
く、おばさんがでました。
「どうしたの、てつやくん。」
「ぼく、あさかちゃんがないてとまらないのでこまって
いる。」
 いうとき、なみだが出ました。おばさんは、
「ベビーカーにのせて、外を回ってみたら。」
とおしえてくれました。
 それで「ギャー、ギャー。」ないているあさかちゃんを
だっこして外へ出たら、なくこえが「オンギャー、オン
ギャー。」と小さくなって、だんだんとまってきました。
ベビーカーにのせておすと、気もちよさそうに空を見て
いるみたいでした。
 おみせのわきを通って、かめやの前に行き、(おかあ
さん、いないかなー。) と、のぞいてみました。けれど、
みっかりませんでした。
 ひとまわりして、うちにかえると、おとうとのしんや
がかえってきたので、かわりにあさかちゃんをみはらせ
て、おかあさんをさがしにいきました。
 また、あさかちゃんがなくと、しんやがこまってしま
うと思って、スピードを出して走ってかめやにいきまし
た。
 かめやの中でおかあさんをみつけたときは、(ああ、
たすかった。)と、からだから力がぬけていくかんじが
しました。

     (木村陸子先生指導・文集「あおもり」10号)


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